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Tea Time Romance
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《1》
その女(ひと)に出会ったのは僕が大学4年の夏、カフェテラスでアルバイトをしていた時の事……
近年の不況の中、どこの会社がいいなんて贅沢は言っていられない。
何となく入った大学、何を目標に勉強してきた訳じゃない。特に思い入れのある職業なんて決めていないので、早々に内定をとりつけた。
「……ところで君、今年の夏は何か予定はあるかい?」
突然人事部の面接官にそう言われ、僕は面喰らった。
まさかこれも試験の一つじゃないだろうな。僕は疑心暗鬼になりながらも話を聞く。
「いやぁ、系列のホテルで臨時のアルバイトがなかなか集まらなくてな。
どうだ、時給ははずむからやってはくれないか」
幸い、後は卒論を残すのみ。とりたてて予定など入っていないので、秋口まではバカンスとしゃれ込もう。
そうして僕は、海沿いのホテルでアルバイトをすることに決めたのだ。
……甘かった。バカンスどころじゃない。
そこは亜熱帯風のビーチがある観光地で、OLやカップルで賑わう。
仲睦まじく寄り添って歩くカップルに見せつけられ、大学生活4年間というもの、恋人らしい女を作らなかった僕は、このアルバイトを選んだことを後悔し始めていた。
正午辺りは軽く食事でもという客が多く、てんてこまいの状況。一息つけるのは午後3時を過ぎた頃からである。夏ともなると、わざわざお茶の時間をとろうという酔狂な客はそうそういない。
……だけど、彼女は違ったのだ。
「ハーブティを」
白い帽子の下で、ダークローズの唇が動く。そして彼女の指定席である、白いパラソルのテーブルにつく。
彼女の存在に気がついたのはバイトを始めて1週間を過ぎた頃からだ。
昼の忙しい時間が過ぎ、それまでウエイトレスで入っていた女の子たちが帰ると、マスターと僕の二人だけになる。
そのころ、彼女はここにやってくるのだ。
毎日同じ時間に、同じメニューを注文し、同じように読書に勤しむ。そして僕も彼女のテーブルへハーブティを運ぶのが日課のようになっていた。
いつもはミントの葉を浮かべるのだが、その日はあいにく切らしていた。
マスターがためいきをつく。
「どうしたものかねぇ……」
ふと僕は思いついて、ケーキの飾り付け用に取り置いてある、薔薇の紅い花びらをティカップに浮かべた。
白いカップに、彼女の口紅(ルージュ)に似た紅が映える。こころもち緊張しながら、彼女のテーブルへと運ぶ。そっとティカップを彼女の前に差し出し、反応を見る。
おや、というような表情を浮かべ、彼女は瞳を僕の方に向けた。
「……ミントを切らしていて……
あなたの口紅(ルージュ)の色にあわせたつもりなんですけど」
何か言われたら即座に取り替えるつもりだったけれども。でも彼女は何も言わず、カップに唇を近付ける。
一口ハーブティをすすった後、黒目がちな瞳が涼しげに微笑む。
「いい香りね」
そしていつものように、代金ぴったりのコインをトレイの中に置き、また読みかけの本を手に取る。
緊張が解けたと同時に、僕の中に何か別の想いが芽生えていた。アルバイトを始めて二週間目の事だった。
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